2012年8月8日水曜日

「議論が深まらない社会」(2)--「北方領土」問題をめぐって

「議論が深まらない社会」(2)--「北方領土」問題をめぐって


 中国研究で知られる中嶋嶺雄氏(国際教養大学理事長・学長)が、「対ロシア外交に異なる視点を」という短い文章を書いている。
 「動的防衛力」や、「領土問題の紛争化の回避」を訴える、この間の私の文章とも深く関わる内容なので、少し紹介しておこう。
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 ・・・メドベージェフ首相が北方四島の一つ、国後島を大統領時代に続き2度目に訪れたのは、無難な首脳初顔合わせが“演出”された直後である。プーチン氏との連携だったなら、極めてしたたかな対日戦略外交だったといえる。
 日本側が当初、首脳会談で一致したと説明していた北方領土交渉の「再活性化」も、ロシア側がそんな言葉など使ってはいなかったと後に判明した。お粗末な外交である。
(中略)

 私はかつて中ソ対立を研究テーマにしていたこともあり、「覇権条項」入りの日中平和友好条約を批判する立場から北方領土問題でも発言してきた。野田首相の言う「法と正義」に照らせば、最重要な出来事は、ソ連が対独戦争勝利後に日ソ中立条約に違反して敗戦直前の日本に対し参戦し、領土を不法占拠したことである。

 その根拠を与えたのが、米英ソ3国首脳による1945年2月のヤルタ秘密協定であった。私はヤルタ協定については、今も講義の冒頭に、「千島列島はソ連に引き渡される」などの英語の原文全体を示して、その不法と非正義を日本の若者たちに教え続けている。 この協定については、当事国の米国のブッシュ大統領(当時)も、2005年5月にラトビアで催された対独戦勝60周年式典に出席して、「歴史の最悪の誤り」であったと認めているところである。
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 外務省の「外交」が、「お粗末」であることは、私もまったく同意見である。 いや、「お粗末」というより、「外交がない」ことを私はずっと問題にしてきた、という方が正確かもしれない。
 また、「ヤルタ秘密協定」が「歴史の最悪の誤り」の一つだという認識においては、何とブッシュ(息子)とさえ意見が一致する。

 この問題に関連し、去年の3・11前、「「抑止力」は「方便」以外の何なのか?---戦後政治と戦後外交の欺瞞と虚構から目覚める時」という文章を書いた。

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 敗戦国家としての日本が1945年以前に戦争し、侵略した国家に「戦勝国」として何を要求し、何をしてきたかを、まず想起することが重要である。「米国が沖縄を取るなら、北方領土を取る」と旧ソ連が米国の合意の下で兵を動かしたことを私たちは認識しておく必要がある。
 私たちは侵略し、完敗した。敗戦国が戦勝国に実効支配された領土を、「過去の国際条約違反だ。日本の固有の領土であるから返還せよ」と言ってケリがつくなら、パレスチナ問題など、イスラエルの占領政策など、とっくの昔にケリがついているではないか。

 事の核心は、「四島返還か、それとも二島返還か」にあるのではない
①1960年の「安保改定」が、旧ソ連の四島全域の「実効支配」に口実を与えると同時に、1972年に「返還」されることになるその後の沖縄を切り捨てたこと、
②またそれと抱き合わせとなって、米ソ間の裏取引と日米間の密約の下で「北方領土」問題がはらんでいるリアル・ポリティクスが私たちの目からそらされてきたこと、
③そのことが何十年間にもわたって放置されてきたことにある。

 これまで私たちは、「北方領土」の日ロ共同開発、ロシアへの経済協力を進めるという以外に、何か具体的な全面返還、あるいは二島返還⇒段階的完全返還に向けた政府・外務省、自民党・民主党の「方針」を聞いたことがあっただろうか?
 国境・領土問題をいかなる意味においても「紛争」の火種にしない、そのことを日ロ間の合意として外交文書化した上で、国際法と二国間条約の歴史に基づきながら、返還の正当性を国際的にキャンペーンする日本政府・外務省、政権与党の姿を、これまで私たちは一度でも見たことがあっただろうか?
 こうした政府・外務省、政権与党としての主張を交渉国に公式に突きつけた上で、
①国際法を遵守し、
②自国が交わした国際条約に基づいて二国間関係や領土・基地問題を解決するという国際的責任を果たし、
③しかも「国際の平和と安全」に対しても責任を持つ安保理常任理事国として、米国やロシアが、さらには中国が日本、また世界に対して何をどう答えるか。すべての外交交渉は、そこから[米・露・中の返答を引き出してから]始まるのである。

 日本の戦後政治と戦後外交、それを報じるメディアの言説は、私たちを愚弄する欺瞞と虚構で塗り固められてきたのである。
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 確かに、領土問題は、とても「センシティヴ」な問題である。
 大昔、「北方領土が返還され、米軍基地や自衛隊基地が建設され、対ソ戦の前線が北上し緊張感関係が悪化するより、現状(=未解決)が続くほうが、まだマシだ」みたいなことを、ある著名な研究者の口から聞いたことがあるが、こうした見解を含め、「戦後外交」を成り立たせてきた思想の総点検を、若い世代の人びとは、一度きちんと行うべきだろう。

 ところで、野田首相は、子どもたちに対し、「力強い」外交によって日ロ交渉を行い、「北方領土」問題を解決するのだと、ここでも嘘八百を並べ、またしても、だました。こんなことを私たちは、もう60年近くも繰り返しているのである。

 もしも「北方領土」問題に関し、確実に言えることがあるとしたら、外務・防衛官僚や「日米同盟ムラ」の政治家にイデオローグたちは、「北方領土」問題を本気で解決する意思など持っていない、ということくらいではないか。
 こんな連中が「戦後」において犯した連綿とした誤りと過ち。戦争をやって、負けて、反省もせず責任も取らなかった戦中世代を継承した「戦争を知らない子どもたち」がつくってしまった「戦後の禍根」。いったいいつまで私たちは、それをまるで十字架のように背負わされ続けるのだろうか。
 みんな「もう、たくさんだ!」と声を張り上げ、叫んでもよい時期に来ている。
 私は本気でそう考えているのだけれども・・・。

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・8月は「北方領土返還運動全国強調月間」(政府広報)
首相、北方領土問題解決に意欲
 「野田佳彦首相は6日、首相官邸で北方少年交流事業に参加した中学生の表敬訪問を受けた。首相は「政府としてもロシアと力強く問題解決のために交渉を進めていく」と述べ、北方領土交渉を全力で進める考えを表明・・・」(日経)

「返還後は日ロ共生を」 ビザなし終え、高橋知事会見
【根室】 北方領土ビザなし訪問団の一員として色丹島を訪れていた高橋はるみ知事は6日、4日間の日程を終え、根室港に戻った。知事は根室市内で記者会見し「領土返還が進めば、日本人とロシア人島民が共生する地域づくりをやっていかなければならない」と述べ、返還後も現島民が居住し続けられる制度を検討すべきだとの考えを示した。
 道知事の北方領土訪問は戦後4度目。高橋知事は2005年の国後、択捉両島に次いで2度目で、色丹島は初めて。3日に根室港を出港し、同島穴澗(あなま)や斜古丹(しゃこたん)の日本人墓地、製缶工場、消防署建設現場などを視察した。
 5日には一般家庭で昼食を取りながらレフ・セディフ穴澗村長らと懇談。村長が風力発電導入や酪農技術向上に向けて協力を求めたのに対し、知事は「領土問題解決の方向性が見えなければ、本当の意味の協力までいかない」と指摘した。(北海道新聞)
・北方領土:露司令官が国後視察(毎日)